Science Release
ヒト血漿由来eNAMPT含有細胞外小胞のNAD+合成、およびマウスの脳・視床下部への作用を明らかにした研究がnpj Aging誌に掲載されました。
2025年11月24日
一般社団法人プロダクティブ・エイジング研究機構 (IRPA)
一般社団法人『プロダクティブ・エイジング研究機構(IRPA)』の吉岡潔志主任研究員は、ヒト血漿中の細胞外小胞(extracellular vesicles; EV)に内包されて全身を循環しているNAD+合成系の酵素、NAMPT(nicotinamide phosphoribosyltransferase)に着目し研究を進めてきました。NAMPTは細胞内でNAD+合成に必須の中間体であるNMN(nicotinamide mononucleotide)を産生する中心的な酵素ですが、脂肪組織からは細胞外にも分泌され、とりこまれた臓器でNAD+合成を促進することが知られています。この細胞外に放出され血液中を循環するNAMPTは特にeNAMPT(extracellular NAMPT)と呼ばれています。
本研究では、ヒト血漿から精製したeNAMPTを含有するEV(eNAMPT-EV)を用いて、ヒトeNAMPTが細胞内に取り込まれてNAD+合成を賦活化すること、またeNAMPT-EVをマウスへ投与することで、老化のコントロールセンターとして注目されている脳の視床下部において、NAD⁺量を増大させることを初めて実証しました。
さらに、eNAMPT-EV投与により、視床下部のエネルギー代謝を制御する遺伝子発現が変化し、それに伴う体温上昇といった生理反応が引き起こされること、またこれらの反応がNAMPT依存的であることが明らかになりました。加えて、血中eNAMPTは運動によって増加すること、運動習慣は加齢に伴い低下する視床下部NAD⁺を上昇させることも新たに見出しました。
以上の結果から、ヒト血液中のeNAMPT-EVが視床下部の機能維持に重要な働きを担っていることが示唆され、加齢に伴って生じるNAD⁺低下を防ぐ新たな介入候補となり得ることが示されました。
本研究の成果は、2025年11月24日にnpj Agnig誌にて発表されました。
(解説)
近年、加齢に伴う様々な臓器•組織でのNAD⁺低下が、老化の特徴である各種臓器•組織の機能低下や恒常性の破綻に深く関わることが明らかになってきています。特に脳の視床下部は個体の老化•寿命を制御する「コントロールセンター」として注目されており、この部位のNAD⁺代謝をいかに維持するのかは、老化研究における重要な課題となっています。
NAD⁺合成に必須の酵素であるNAMPTは、細胞外小胞(extracellular vesicles: EV)に内包された形で血中に分泌されます。これまでに、マウス体内を循環するeNAMPT-EVが視床下部のNAD⁺合成を高め、健康寿命の延伸に寄与することが示されてきました(Yoon et al., Cell Metab. 2015; Yoshida, et al. Cell Metab. 2019)。しかし、ヒト血漿中のeNAMPT-EVが同様の機能を持つのかという点は未解明のままでした。
本研究では、ヒト血漿から精製したeNAMPT-EVの生理作用を培養細胞とマウス個体において解析しました。その結果、ヒト由来 eNAMPT-EVを培養細胞に与えると、ヒトeNAMPTが細胞内に20分以内に取り込まれ、NAD+合成を賦活化することが明らかになりました。さらにマウスにおいて静脈投与すると、30分後にはマウス視床下部のNAD⁺量が有意に増加することが確認されました。このeNAMPT-EV投与による生理的な応答を調べたところ、全身のエネルギー代謝を促進する視床下部の遺伝子発現の変動(Npy遺伝子の抑制)が確認され、同時に体温が有意に上昇することが認められました。これらの反応はNAMPT阻害剤で処理したeNAMPT-EVの投与では消失することから、この作用がNAMPT依存的であることが示されました(図を参照)。
合わせて本研究では、生理的条件でeNAMPTを増加させる方法として運動に注目しました。単回の自走運動によって血漿中のeNAMPT量が増加すること、さらに、運動習慣のある老齢マウスでは視床下部のNAD⁺が有意に増加することを新たに見出しました。
これらの結果は、ヒト血漿由来eNAMPT-EVが生理的なNAD⁺ブースターとして働き得ることを示すものであり、eNAMPT-EVの増強がヒトにおける新たな抗老化介入戦略となる可能性を示唆しています。

本研究の初期段階は、IRPAとミライラボバイオサイエンス社との共同研究契約の下で実施されました。その成果は、両者によって仮特許出願され(出願番号2021-168574)、2021年10月14日にJ-PlatPatにおいて公開されました。また本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業(23K16775)、及び中冨健康科学振興財団の支援を受けて行われました(研究代表者:吉岡潔志)。
論文情報
表題
Human Plasma-Derived eNAMPT-containing Extracellular Vesicles Promote
NAD+ Biosynthesis and Thermogenesis in Mice
研究チーム
吉岡潔志1,2、杉本拓海3、大藪葵3、伊藤尚基2、児玉歩生1、亀井康富3、今井眞一郎1,4
1, プロダクティブ・エイジング研究機構 (IRPA)
2, 国立長寿医療研究センター
3, 京都府立大学
4, ワシントン大学(米国ミズーリ州セントルイス)医学部
掲載誌
npj Aging
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